変わるために生まれた

オレは気づいた。

この世に生まれたことが贖罪で自分自身に足りないパーツを補うために生き続けるということは、オレは自分を変化させるために生まれてきたということだ。

男だから女になりたいという欲望が生まれ、病気だから健康になりたいと願い、弱いから強くなりたくなってゆく。

 

答えの用意されていない数式の中で生きているからオレはわずかな可能性を信じて足掻き続けている。

思考停止は不覚悟だ。オレはアイドルじゃないから嫉妬するしうんこをしている。

未だに答えの見つからない悩みが頭をぐるぐるしている。屁理屈でもこね続ければ形になる。オレはそう考えていた。

 

だが違った。

本当に切羽づまった状況というのは思考能力を奪う。

何をしてもキメられたエンディングが訪れるという恐怖に怯え、奪うことや頼ることに逃げてしまう。

本当に強い人間というのは自分を殺せる人間だ。

オレは3ヶ月に24ページしかかけない。もっと絵がうまくて話が成立していてなおかつ筆が早い人とオレの違いは一体どこにあるのか?

 

それは経験だ。

オレが例えば1歳でピアノがひけても同じ時代の同じ時間軸で生きてるモーツァルトには勝てない。

自己満足は思考停止だ。だからオレは満たされない。

さよならが怖いから友達も作らないしグループにも所属していない。

未だオレにはどこか何も成長していない部分が存在していた。

 

人間はみんな絶対に1つや2つは優れたものを持っている。

オレのように優しさが欠如した人間には、優しさが得意な人がオレの心を埋め合わせてくれる。

そういうふうに人間は繋がり、互いの情報を知りたくなり、恋をし、セックスをする。

なぜセックスをするのか疑問に思っていた。セックスという点だけならゾウでもサルでもいいはずだ。なのになぜ人間のセックスにこだわるのか。

それはそこに愛が存在するからかもしれない。

愛はひとしく人に欠如したものだ。愛はいくら取り込んでも足りないものだからみんな切望している。

それが恋人であり赤ちゃんであったりして供給のループが繰り広げられる。

オレはもっと学ぶ必要がある。図書館に行って本を読むべきだ。